子供が自分で決められるように。
親ができることは選択肢を用意してあげることでしょうかね。
こんにちは・こんばんは・おはようございます。
ひろです。
我が子はまだまだ可愛い盛りです。
娘子と息子の存在は本当に日々私の活力になっています。
娘子と息子が大きな問題なく育ってほしいと思っています。
その上で自分たちの意思で人生を歩んでいけるように見守りたいですね。
親離れ、子離れはお互いに必要なことだと私は考えます。
子供の人生は子供自身のものです。
親の立場からすると、子供に対して色々期待をしてしまいますよね。
・豊かに暮らしてほしい。
・大きな苦労がなく暮らしてほしい。
・笑顔で過ごしてほしい。
人によって色々思うことは違うでしょうが、
ポジティブな希望を持たれていることが多いのではないでしょうか。
とはいえ本来子供が考えるべきことを、
親が代わりに決めてしまうのは危険ではないでしょうか?
幅広い経験を積んだ親の判断が正しい可能性は高いかもしれません。
でも、正しくない可能性もあるはずです。
仮に親が常に正しい選択をできたとしても、
子供よりも親の方が先にこの世を去ることが一般的です。
今まで親が全て選択してきたとして、
急に放り出された子供は正しい選択ができるのでしょうか?
命に関わるようなことや、
他人を傷付けるような間違いはともかくとして、
子供自身が考えて失敗することも必要ではないでしょうか。
✖️お金をあげる ○お金の捕まえ方・考え方を伝える



親がお金持ちでも、子供が不幸になることがある?



残念ながらあるようです。
皆さんは「となりの億万長者」という本をご存知でしょうか?
(早川書房トマス・J・スタンリー (著), ウィリアム・D・ダンコ (著),斎藤 聖美 (翻訳))
簡単に紹介すると、アメリカで100万ドル以上の資産を持つ
億万長者を調査したところ、
お金をあまり使わない人が億万長者だった、
ことを明らかにした内容です。
本の中で2つに分類して紹介されています。
蓄財優等生:収入から計算される持つべき資産よりも、保有資産が多い状態。
蓄財劣等生:収入から計算される持つべき資産よりも、保有資産が少ない状態。
収入が多い職業についていたとしても、
資産がなければ「蓄財劣等生」ということになります。
「蓄財劣等生」になりやすい方の特徴の1つとして
「親がお金持ち」であることが上げられていました。
子供は親のお金の使い方をよく見ています。
親が湯水のようにお金を使っていれば、
子供は湯水のようにお金を使うようになります。
お金を「どのように稼ぎ」「どのように使うか」を伝えずに、
「使っている場面」だけを見た子供は勘違いしてしまいます。
更に、そのあと親がとる行動は「子供にお金を渡す」ことです。
結果的に「湯水のようにお金がある」状態にしてしまいます。
子供にとってお金は親が用意してくれるものと理解してしまいます。
その為、資産が少ない「蓄財劣等生」になってしまうのです。
親が子供にすべきことは
魚(お金)を上げることではありません。
魚(お金)を捕まえる方法、考え方を伝えることです。
魚(お金)は食べたら終わりです。
魚(お金)の捕まえ方を知っていれば、
自分で捕まえに行くことができますよね。
✖️判断する ○判断の仕方を伝える
子供が決めたことが誤っていた場合、親としては正したくなりますよね。
時期や状況にもよりますが、子供の決定を尊重する必要があります。
いずれ子供は親から離れて、自分で判断していかなければならないからです。
「助言」をすることはしても、「決定」をすることはしない方がいいでしょう。
「判断して決定する」はある程度経験をする必要があります。
明日から自分で決めてね、と言われて放り投げられても、
すぐに自分で決めることは出来ません。
ずっと側にいることができない以上、
判断の仕方を伝えていくこと大切だと思います。
どういうことを考慮するのか、
どういう危険が考えられるのか。
考え方を伝えることが大切です。
✖️積極的な関与 ○暖かい見守り
積極的な関与の方が親の立場からすると楽です。
何故なら親が思うことを子供に強いることが簡単にできるからです。
反対に見守ることは難しいですよね。
子供が何を考えてどう判断するかをハラハラしながら見る必要があります。
見守るとはいえ道路でふざけているときや、
ハサミをよそ見しながら使うといった、
自分や相手に直接的な危険が及ぶことは、
事前に守る必要は当然あると思います。
ただ例えば兄弟喧嘩をしている場合などは、
お互いにケガなどに発展しない限りは見守る状況もあると思います。
その後ちゃんと仲直りまでできれば褒めてあげたいですね。
結論
子供の人生は子供が決めるべきです。
親としては気になるし、守ってあげたいという気持ちは分かります。
ですが人生は何もなく平たんな道を真っすぐ歩くことではありません。
色々な山や谷、どん底から這い上がることや、頂点から滑り落ちることもあります。
その時に子供を信じて見守ってあげる勇気を持つことは大切です。
子供が自分自身を信じて、自分の足で生きていくことを私は願う親になりたいです。
今回の記事は中高生から社会人成り立てくらいを、
思い出しながら文字に起こしました。
私自身もそれなりに苦労や経験をしてきましたが、
親の関わり方が比較的”見守り”だったのが有難いですね。
決めたことに関しても、助言はありましたが、
決定を覆すようなことはありませんでした。
我が子はまだ小さいので完全に見守るには早いかもしれませんが、
本人の意思を尊重することは忘れずに接していきたいものですね。
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